目次
四川料理メディアとの出会い
「おいしい四川」にレポートさせていただくようになってから、一年以上が経ちました。
思えば、私の「おいしい四川」との出会いは確か三年前。初めに目に留まったのは資陽市安岳県の紹介記事でした。安岳は中国トップのレモン産地。中川さんの紹介するレモン料理にレモン酒、いつか必ず行ってみたいとドキドキしたものです。
そしてそのドキドキを叶えたのがなんとつい先日、今夏の長旅もいよいよ最終章へという時。思い切って当初の予定を大幅に変え、ずっと頭の片隅にあった安岳へと向かったのでした。
中国のレモン市場を独占している「安岳」
安岳といえばレモンです。レモンの生産量は、有数という言葉を飛び越えて中国市場をほぼ独占している状態。シェアは80%を超し、2020年の県内レモン畑の面積は3万4千ヘクタール、年間生産量は55万トンに達したそうです。
そんな安岳に来てまず期待したのは、レモン料理でした。
ところがなかなか思うようなお店が見つかりません。レモンの産地とはいえそれが古くから住民の間で食材にされていたわけではなく、現代の安岳のレモン料理というのは、都市の発展とともに開発された新境地だったようです。そういうわけで、その辺にごろごろ転がっているようなものではなく、食べたいならばしかるべきところに行かなければ。
レモン料理の記事はこちら
安岳名物の「魚蛋(ユーダン)」を食べる
迷った挙句、ホテルのオーナーに訊いてみました。
「安岳に来て食べるべきものは?」
米巻や傷心涼粉などと共に返ってきたのは、
「魚蛋(ユーダン)」
魚の卵。「おいしい四川」でもかつて紹介されたことがあり、私もそのおすすめのお店に行ったことがあります。ご紹介通りの美味でした。
レモン料理は諦め難いけれど……。結果、向かったのは老城区にある一軒の烤魚のお店。地元で愛される店だと、ホテルのオーナーが即答したお店でした。
たっぷりの川魚の卵を使った四川料理
出てきたのは、さすが烤魚のお店だけあり、炭火の上にのった四角いトレーに大量の調味料や油という烤魚スタイルでした。
魚蛋というのは、こちらでは川魚の卵を用います。巨大なたらこのような食感で、しかも、たらこよりもずっと大きな塊をがぶりといける。たらこ好きな日本人の感覚からすれば、大変贅沢な気分になる料理です。
しかし日本のたらこと違うところといえば、やはりその辛さ。ここは激辛の四川です。この小さな粒の塊が憎らしいほど辛みの油を吸い、口内を攻撃。はふはふしながら食べるのがおいしいのですが、ぼとぼとと垂れる汗に苦戦しました。
ちょっと休憩に他の具材を、と見てみると、烤魚の具材としては定番のコンニャクも入っています。
「これ、好きなんだよね」とさっそく手を伸ばしてみると、ねとっとした食感はどうもコンニャクではない様子。安岳の特産、サツマイモの澱粉を固めた紅薯粉でした。
こうして、「一人じゃ無理だよ」と言われたこの魚蛋の完食から、私の安岳滞在はスタートしたのでした。
石刻の故郷「安岳」を巡る
ところでレモンの都である安岳には、もうひとつ別名があります。それは、石刻の故郷。
中国は歴史的に価値の高い石刻、石窟を各地に数多く残していますが、誰にでも知られる敦煌の莫高窟や洛陽の竜門石窟がありながら、ここ安岳は大胆にもそのふるさとを名乗っています。
安岳の名を知る日本人がどれだけいるでしょうか。この小さな地方都市が中国の誇る石刻美術を代表するような別名をもつことを、不思議に感じる人もいるかもしれません。
安岳は、確かに世界的に有名な石窟にあるような迫力ある規模をもってはいません。景区内に電動カートが走るような面積もないし、蜂の巣のような圧巻の景観をもっているわけでもありません。けれども、現代にありながらも未だに隠された秘境のように、山中いたるところにそれは美しい仏龕が散らばっているのです。
時代は唐から清まで、石窟群の数にして350を超し彫られた仏様の数は10万余り、彫られた経文は40万字以上。驚くべき保存状態で残るものも多く、その数と多彩さは中国広しといえども群を抜いています。
こちらは安岳石窟の中でも比較的街に近い、圓覚洞。すでにいくつか周っていた石窟に比べても特に印象に残った仏像です。
浄瓶を手にした浄瓶観音は高さ6.2m。左右に彫られた飛天と観音様の表情が美しく、衣の質感や装飾品の繊細さが際立っています。時代は北宋ということですから、およそ千年前に開削されたものになります。
また少し遠くなりますが、街から一時間ほど車を走らせた山中に残る涅槃像も素晴らしい姿でした。
横たわった長さは23m、なかなかの大きさです。唐代開元年間以前には開削され、その後、宋代まで手が加えられ続けたそう。涅槃像の上には説法図が彫られ、中央の釈迦牟尼像を中心に、左右に弟子や菩薩などが立っています。その表情がどれも個性的で、ただ一言に涅槃像といっても見どころの多い石窟でした。
驚いたのは、これほどの規模の石窟だというのにあまりにもアクセスが悪いこと。訪れるのは少し大変ですが、しかしそのおかげでこれらの石窟たちは過剰な観光地化を免れ、仏に祈るという本来の姿であり続けることができているのかもしれません。
鬱蒼とした緑に囲まれ、行きゆく人といえば点々とする民家の住人。こうした山々をかき分けてお邪魔させてもらった石窟巡りでした。
再びレモンを探してみた
安岳石窟は堪能できましたが、まだレモンに未練があります。石窟巡りに付き合ってくれたタクシーの運転手さんに、訊いてみました。
「レモンといえば、安岳の人はなにに使うの?」
「お湯に浮かべたり、足湯に使ったり、フェイスマスクにしたり、色々あるぞ」
「じゃあ、レモン酒は?買えるでしょう?」
「レモン酒?あれは買うものじゃない。白酒にレモンと氷砂糖を漬けてみんな自分で作るんだ」
ああ、レモン料理は無理でもレモン酒なら、と思ったのに。
何はともあれ、街中に戻り特産品を売るお店に寄ってもらいました。
お土産物の定番は、レモン紅茶にレモンスライスのようです。
そういえば以前、中国の友人がレモンスライスをお土産に送ってくれたことがありました。あれももしかしたら、安岳産だったかもしれません。レモンスライスといえば紅茶を思い浮かべましたが、ただお湯に浮かべるだけでもいいそうです。
また、こちらは同じレモン紅茶でも一味違います。乾燥させたまるごとレモンの皮に、紅茶の茶葉を詰めたもの。レモンの皮が器になると同時に、ちぎって茶葉と一緒にお茶にすることもできます。
とうとう見つけたレモン酒
そしてとうとう見つけました。売っているではありませんか、レモン酒。しかしこちらは白酒にレモンを仕込んだものではなく、レモンワインと書いてあります。早速、二本購入を決めました。
他にも、レモンを使用したフェイスマスク、美容液、さらにはレモン兔なるものやレモン乾麺などもあるようで、さすが中国のシェアを独占するレモン産地。これからも商品開発に期待ができそうです。
レモン酒を持ち込み、牡蠣と一緒に飲む至福の時間
夜には、連日かよったホテル前にある焼烤のお店に、レモン酒を持ち込ませてもらいました。
お供は四川焼き牡蠣。どこにでも見る焼き牡蠣ですが、ここの牡蠣はみずみずしく、さらに唐辛子の辛み旨みがよく生かされていて絶品でした。
牡蠣をひとつまみ、レモン酒をひとくち。購入したレモン酒は42度と度数は高め。ぐっとくる飲み応えと酔いを誘う甘み。牡蠣もレモン酒もあっという間になくなってしまいました。
安岳に初めてレモンが持ち込まれたのは、1929年のことでした。けれども観賞栽培が続き、香料や加工用として商業的に栽培されるようになったのは50年代から60年代にかけての時期だったそうです。
安岳レモンの歴史はもう間もなく100年目を迎えます。たった一株から生まれた安岳レモン。それが今、四川料理に取り入れられるようにもなり、様々な商品を生み、次々と進化を遂げています。
最後に
思えば、私が「おいしい四川」に出会い、安岳の記事を読み憧れたあの頃は、無職で成都での就職活動に失敗し、文字通り泣いていた日々でした。あの頃の私は、まさかその後、四川で仕事をし、暮らし、こうして憧れの安岳を訪れ、それだけでなく憧れの先にあった「おいしい四川」にその暮らしをレポートしているなんてこれっぽっちも想像できないことでしょう。
レモンと石窟を除けば小さなごく普通の地方都市ですが、安岳は私にとって、苦い記憶と満ち足りた今を同時に内包するような街。
石窟巡りの道中は、レモン農園に囲まれていました。一つ一つ大切に紙にくるまれたレモンの果実は、まだ色濃い緑。10月頃に収穫時を迎えるそう。
次は真っ黄色に熟したレモンを口実にまたこの街を訪れようか、そんなことを思い巡らしながら、二カ月にも亘る夏の旅はそろそろ終わりを迎えようとしています。
店舗情報
- 小三峡特色烤魚
- 資陽市安岳県東井溝36号
- 営業時間 17時半~翌2時
- 魚蛋 120元、烤魚 120元 (相場より少し高めです)
麻友子さんの連載はこちら
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中川正道、1978年島根県生まれ。四川師範大学にて留学。四年間四川省に滞在し、四川料理の魅力にはまる。2012年にドイツへ移住。0からWEBデザインを勉強し、フリーのデザイナーとしてドイツで起業。2017年に日本へ帰国。「人生の時を色どる体験をつくる」をテーマに妻の中川チカと時色 TOKiiRO 株式会社を設立。
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