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四川の茶館巡り
実は四川でお茶館巡りをするのが趣味、というよりも日常生活となり久しく、それについてご紹介したいとずっと考えておりました。
暦の上ではすでに秋を越え、冬の支度を始める頃。温かなお茶一杯がおいしい季節となってきましたところで、この度はその機会といたしましょう。
中国茶と耳にしてみなさまがまず思い浮かべるのは、作法や手順に従い美しい茶器を操り、茶葉の香りと味わいを優雅に楽しむ、そんな姿ではないでしょうか。しかし中国の中でも「一歩歩けば茶館にあたる」といわれる四川省においてはとりわけ、そうした本格的な茶席だけでなく庶民的な茶席もまた日常生活の一部として息づいています。
今日ご紹介しますのは、その庶民茶席の方。華やかな本格茶はいうまでもなく素晴らしいものですが、四川人の日常を覗くならまず道端の茶席から────。
四川の茶文化を楽しんでいれば、遅かれ早かれ、壩壩茶(バァバァチャア)というものに出会うことでしょう。
道端に卓や椅子が並ぶ青空の下、そこでお茶を飲みながらおしゃべりを楽しんだり一人で思考の世界に耽ったり、長牌と呼ばれる伝統遊戯を競ったり、また居眠りしたり。そんな茶席を壩壩茶と呼びます。
使い古された蓋つき茶碗やビールジョッキで飲むお茶はたいていが安い茶葉で、田舎であれば2元(約40円)から、成都でも地元民が集まるところでは5元(約100円)から、観光客が足運ぶところでも30元(約600円)を超せば高い方です。
お茶に合わせて運ばれてくるのは大きな保温水筒。「一茶一座」でお茶一杯を注文しさえすればこのお湯でお替りし放題、長居するお客となれば半日だらだらと過ごす人までいますが、そんなマイペースな姿こそが四川の庶民茶館たるものといえましょう。
そういうわけですから、お茶に品質を求めてはなりません。茶席自体も値段相応であり、あまりきれいとはいえないかもしれません。壩壩茶はお茶そのものを楽しむというよりも、友と共有する時間、緩やかな時の流れ、開放的な空間を味わうものなのです。
現在、成都市内だけを見ても茶館の数は一万を超しているそうですが、もはや正確な数字はわかりません。というのも、壩壩茶をはじめ庶民茶館の中には店舗の形をもたないものも数多く、しかしそれはつまり、それだけ庶民茶席が日常に溶け込んでいるということの証でもあります。
四川人が茶文化を手放すことは今後もあり得ないでしょう。ところがそんな確信の反面、失われゆく茶席をもまたたくさん目にしてきました。
これまで四川各地でさまざまな茶席を巡ってきましたが、成都を離れますととたんに昔ながらの蓋つき茶はビールジョッキへ、竹椅子や籐椅子はプラスチック製の椅子に、建物は雀荘が主となった簡易な内外装へと様相が変貌します。それはひとつ、コストや手間を省きたいという店側の事情もあるでしょうし、またお客側の価値観でもあるのでしょう。
古い茶席というのは水回りの環境も厳しく衛生的な問題もあり、また昔ながらの蓋つき茶椀や竹椅子といったものはやや値が張るものです。となれば、昔ながらの茶席が淘汰されていくのも自然な流れといえましょう。
そうした四川茶文化の変貌を日々目の当たりにしながら、せめて記憶を脳裏に焼き付けたい、どんな茶席が日常に息づいているのか、あるいは息づいていたのかを、みなさまにも知ってもらいたいと考えるようになりました。
たいへん長い前置きで恐れ入りますが、私個人が気に入っている茶席、そのごくごく一部ではありますものの、この場をお借りしましてご紹介いたします。
彭鎮の〈永豊茶社〉
成都市双流区彭鎮永豊路45号
古建築が並ぶ彭鎮は、成都市中心部にもっとも近い古鎮といえるかもしれません。以前にもご紹介しました観音閣老茶館もまたここにあり、現在も一帯で観光地化が進んでいます。
彭鎮は明代末期、永豊場と呼ばれていました。その永豊場で1960年代、鉄器工房として建設されたものがこの永豊茶社の前身です。鉄器工房は1990年あたりに食堂へと転身し、2010年前後に茶館となりました。
現在、内部には鉄器社時代を懐かしむ趣向が凝らされ、茶卓、椅子、茶碗もまた使い込まれた風情あるものです。観光客が押し寄せる茶館エリアから一歩離れているために入りやすく、人気観光地となりながらも四川茶館らしい情感を味わうことができます。
永安鎮の〈老碼頭茶舗〉
成都市双流区永安鎮金馬街169号(廃業)
たいへん残念ですが、つい先日、店を閉めてしまったようです。
老碼頭茶舗は、清代の古い埠頭に席を並べる一軒でした。
目の前を流れる府河は成都市中心部から遥々流れくるもので、この先、岷江を目指しやがて長江へ交わります。その川辺に腰かけて眺める農村風景は長閑で心地よく、店に山積みとなったナッツ類を味わいながらなんと贅沢な時間の過ごし方なのかとしみじみ感じ入ったものでした。
通順街にある名もなき茶館
成都市青羊区正通順街 北大花園
茶館を巡るとある四川人が綴った記事を見つけました。その中に紹介されていたのがこちらです。
名前はありません。ただ住宅区の位置だけが頼りでした。住宅区の敷地内には古い石レンガ門が隠れており、茶席はその先に。茶席といってもここに暮らす人々が利用する内向きの場であり、部外者である私には気が引け、つい尻込みしてしまいました。
けれども快く出してくれたお茶は一席5元(約100円)。おしゃれな茶館に観光客が集まる成都ではありますが、それらとは異なるもう一つの表情がここにはありました。
居住者向けゆえきれいとはいえませんが、ガビチョウ、インコなど様々な飼い鳥が鳥籠を揺らし、その美しい鳴き声を競っています。
元通古鎮の〈夏家茶楼〉
成都市崇州市元通鎮増福横街22号
百年を超す古建築に竹椅子が並び、おばあさんが茶館を営んでいます。
お邪魔してお茶をすすっていると、ふと足下に古井戸を見つけました。奥を覗けば小さな部屋に木彫り寝台が収まり、すっかり日用品置き場と化しています。見上げれば吹き抜けとなった天窓から陽光が下り、燕が忙しなく飛び交います。心地よさにうっとりしていると、おばあさんが熱々のヤカンから茶碗にお湯を注いでくれました。
元通古鎮は小さいながらも四川らしい風情を今に残しており、成都に数ある古鎮の中でも特に好きな場所です。
楽山犍為県の〈羅城古鎮〉
楽山市犍為県羅城鎮
楽山市街地からおよそ一時間半、楽山観光から日帰りで戻ってくることのできる羅城古鎮は、しかし楽しみどころがいっぱいで日帰りで終わらせたくないほどです。
古鎮に到着しますとその端から活気が溢れており、油揚げに大根スライスを詰めた哢哢咡、楽山名物の豆腐料理、羊肉湯、米粉で肉や内臓を蒸し上げた粉蒸牛肉など、様々なグルメが誘いかけます。そんなふうに夢中になりなかなか気がつきませんが、古鎮を形作る瓦屋根を俯瞰しますとそれは船形をしており、そのため羅城古鎮には山上の船という呼び名もあるのです。
そんなこの場所で楽しいのが茶席。船を象った軒下に連なる店の多くは茶館で、そこに住民、観光客がいっぱいになり空間を共にしています。
狭軌蒸気機関車で知られる芭石鉄路もそばにあり、犍為に一泊して楽しむのもいいかもしれません。
自貢市艾葉鎮の〈艾葉老茶館〉
自貢市貢井区艾葉鎮艾葉街21号
古くから井塩によって栄えた自貢は、清代から民国期、近代にかけて最盛を迎えました。ここ艾葉もまたその一つであり、天を向く滑車が今も塩を含む地下水を汲み上げています。
瓦を戴く家並みが見下ろす栄渓河にはかつて塩運搬の船が行き来した灘が広がり、いにしえの埠頭は今、住民が憩う釣り場。小さいながら美しいこの古鎮が私は大好きです。一見して辺鄙な村落に見えますが、実は交通の便はよく路線バスが頻繁に往来します。そしてそのバス停そばに営まれているのが、この老茶館なのです。
おばあさんが出してくれる蓋つき茶碗は一席5元(約100円)。壁に飾られた旧景写真、小さな図書コーナー、数知れぬ人々の肌を知る古い卓、そんなものたちが私の心を掴みました。住民が昼寝しに来たりマイ水筒を持参したり節目には集会の場となったりと艾葉の人々にとっては公民館のような存在ですが、主ご夫婦ともにご高齢ゆえに、無理なさらずいつまでもお元気でいてと願っています。
自貢市の〈陳家祠堂〉
自貢市貢井区貢井老街和平路
地名であるこの貢井という名は、この地で生産された井塩が朝廷への献上品となり、その素晴らしさから下賜された公井の二字が後世になり改字されたものだといわれています。
この一帯には塩業隆盛のあしあとが随所に残っており、貢井老街はその代表。にも拘らずその路地裏に残る陳家祠堂が実は茶館をも兼ねていることを知る人は多くありません。
というのも陳家祠堂そのものが通りから隠れた位置にあり、加えて党事務所の門の内側にあるため非常に見つけにくい。そのうえ、茶館のアピールもない。けれどもだからこそ、一度見つけてしまいさえすれば、百年以上も前に建てられたこの豪奢な清代建築を独り占めしながらお茶を飲むことができるのです。
光差し込む静謐の中、小鳥が舞い込み鳴き声を響かせました。見渡せば四方には埃をかぶった骨董品の数々、あれらはいったいいつからそこにあるのでしょうか。
階下では管理人が昼寝をしています。隠しておきたい穴場でしたが、こうも客足が少なければこの先が心配です。というわけで、ご紹介することにしました。
宜賓市の〈浜江路地下茶楼街〉
宜賓市翠屏区浜江路 地下駐車場下
世界第三位の長さを誇る大河が長江と呼ばれ始めるところ。まさしくその場所、まるで隠れ家のような秘密基地のような茶楼エリアです。
しかし街を歩いていてもその存在には気づきません。というのも、地下駐車場の先に広がる地元民しか知らない空間。地上には看板など一切ありません。
地下といっても茶席から見下ろす視界には大河が滔々と流れゆき、その眺望と高さはまた、水害に悩まされてきた内陸部の歴史を伝えます。三年前の増水時にはこの高さにありながらも完全に水没し、ひどい汚泥まみれとなったものでした。
この度のお茶館ご紹介の中で唯一、昔ながらの蓋つき茶碗が姿を見せないこの地下茶楼エリアです。足を運ぶのは住民ばかりで、ゆえに洒落っ気や情緒などは微塵もありません。しかし広大な地下エリアを見渡し、目に見えないほど向こうまで続く庶民茶館の並びは圧巻。店はそれぞれ39号、40号といったふうに数字を名乗り、通りがかれば店主が声を掛けてきます。
この空間を楽しむことができたなら、四川の庶民茶館、そのどこに行ってももうすんなりと馴染むことができるでしょう。
このような庶民茶館の多くにはメニューというものがありません。また観光客が来ることを想定していないところも多く、席につき注文をするところから悩むことも少なくありません。
「何を飲むの?」と訊かれて迷ったなら、緑茶や花茶と答えてみるといいでしょう。紅茶に烏龍茶に檸檬茶などを置くところもありますが、緑茶や花茶を置かない店はまずないからです。
地元民しか訪れないような茶席でも、どの店も旅人を温かく迎えてくれるものです。華やかで上質なお茶もすばらしいですが、このような茶席で地元民気分を味わってみるのも楽しいものではないでしょうか。
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中川正道、1978年島根県生まれ。四川師範大学にて留学。四年間四川省に滞在し、四川料理の魅力にはまる。2012年にドイツへ移住。0からWEBデザインを勉強し、フリーのデザイナーとしてドイツで起業。2017年に日本へ帰国。「人生の時を色どる体験をつくる」をテーマに妻の中川チカと時色 TOKiiRO 株式会社を設立。
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