目次
前回は、今夏の四川ぐるり旅で特に楽しみにしていた、九寨溝の旅日記をご紹介しました。
その後、主に四川北部の古い街並みや史跡などを巡り、いよいよこの長旅も後半戦へ。今回はその前半戦の締めくくりに五日間ほど滞在した、広安市での、ある一日をお届けいたしましょう。
マイナーな街、四川省広安市
広安市は四川の中でも知名度の低い都市のひとつかもしれません。
位置は四川北東部、重慶のちょうど北にあたり、成都よりも重慶の方が近いというそんな場所にある地方都市です。かの鄧小平の出生地として有名ではあるものの、それ以外にぱっと何か思い浮かぶでもなし。交通の便もよいとはいえず、旅行で足を向ける機会もなかなかない地域です。
では、どうしてわざわざそんなところまで行き、五日間も滞在したのか。
実は、今回の旅のテーマのひとつが、「人知れず失われゆく風景」。
目まぐるしく変化を繰り返す現代中国にあり、新しく生まれるものがあれば、永遠に失われていくものがあります。その中には惜しまれる喪失もたくさんあり、しかし私はその変化を否定するつもりもなく、ただその、最後かもしれない目撃者になりたいのです。そうして滞在した、広安市でした。
広安市武勝県にある沿口古鎮へ
この日、広安市街地から長距離バスに乗り向かったのは、広安市武勝県。その県区の外れに残るという古い住居の集まり、沿口古鎮(ヤェンコウグージェン)でした。
バスターミナルでバスを降り、バイクタクシーのおじいさんを捉まえバイクを降りたのは、嘉陵江のほとり。むっとするような空気が充満し、耳をつんざく蝉の鳴き声に濁った水の色。逃げ場のない暑さにくらりと眩暈を覚えました。
四川は内陸にあり水運とともに発展してきた街や集落が多く、都市や古鎮を巡っても、そのすぐそばには必ずといっていいほど川があります。沿口古鎮もその例外ではなく、嘉陵江の水運により各都市と繋がり発展したのだそうです。
ところが古鎮に一歩踏み込むと、どうも私が想像していたような街並みではありません。魚料理を振る舞う店がわずか並んでいましたが、すっかり閑古鳥が鳴き。また数店舗はすでに廃業し。さらに進んでいくと、その先に続いていたのはなんと廃墟街でした。
数々の古鎮を巡り、人々の生活が失われかけたものもたくさん目にしました。けれども、ここまですっかりと廃墟になった古鎮は初めて。ここは古鎮ではなく、かつて古鎮だったもの。入り口の数店舗を除けば、ここに暮らしている人はすでに一人もいない状態でした。
廃墟となっていた古鎮
初めに歩いた石畳は、勝利街に半辺街、そして民主街へ。半辺街の方は進入もできない荒れようでした。
覗いてみれば、歯磨き粉やコップなどがそのまま。また家屋の壁には、〇〇食堂だとかあるいはかつての政治スローガンなどが書かれたペンキ文字の跡もうっすらと。往時の賑わいや生活の営みを想像すると、廃墟になった建物というのはなんともいえないもの悲しさがあります。
建ち並ぶのは、明代や清代の建築の名残でした。
中は荒れていましたが、屋根瓦などは立派なものです。人の暮らしは長い間放棄されているようでしたが、かといって取り壊すわけでもなく、突然ただ人だけがいなくなったかのような空気。どうやら、2012年頃一斉に立ち退きが行われたもののようでした。
川の氾濫時に水位を計測する柱
一本の、目盛りを刻んだ柱がありました。四川の古鎮を旅していると必ずといっていいほど目にするもの。私が暮らす宜賓市街地にもあります。それは川の氾濫時に水位を計測するものでした。それを見ると、本当にこんな高さまで水位が上がるものなのかと、とても信じることができません。
それで納得。沿口の住民たちも度々、嘉陵江の水害に悩まされてきたのでした。かつては水運に頼っていた時代があった。しかし時は変わるものです。見上げれば、新市街は今あの高みに広がっています。
観光地化する古鎮、または現代的な暮らしか
私は時間の積み重ねを伝えるような古びたものが大好きです。旅先ではついそうしたものを求め、ぴかぴかに新築されたものを見れば、がっかりしてしまうこともあります。
古鎮で美しいのは、気の遠くなる歳月を人々が往来した、滑らかな石畳の道に石階段。そこには目に見えないながらも、人の数だけ交わされた喜怒哀楽やストーリーが脳裏に浮かぶようです。
けれども、ここ沿口古鎮が無人になったように。また他の古鎮の多くが、観光地化か生活の現代化のどちらかに舵を切らなければならないように、古き良き風景に映るそれらは、暮らす人にとっては苦労を伴うものです。
先日訪れた古鎮は石階段の傾斜がきつく、また古い階段ですから足元も悪い。その傾斜に建つ家屋に、足に不自由を抱えるおばあさんを見ました。また他の古鎮では、豪雨のあと泥に塗れた土間に、空調など現代の利器ひとつない家屋を見ました。それを思い出してみれば、この廃墟と化した古鎮は喜ぶべき変化だといえるのかもしれません。
広安名物「麻哥麺」と武勝県名物「猪肝麺」
沿口古鎮の石階段を登りきり、高みに広がる現代建築の風景に。
朝から何も食べていません。沿口古鎮で何か食べようと考えていたものの、あれほどまでの廃墟だとは思っていませんでしたから。そこで、広安市街地に戻る前に少し食べていくことに。
実は、広安市に到着してから、あちらこちらで見かけるおかしな名前の麺が気になっていました。
その名も「麻哥麺(マーゴーミエン)」。
哥は兄の意味ですから、「マー兄さん麺」といったところでしょうか。
これはおかしなネーミングです。初めは麻さんという方がやっているお店なのかと思ったのですが、広安のどこに行ってもこれがあるため一体なんだと思い調べてみると、この麻哥麺、ここ武勝県の名物麺だということ。そういうわけで、ここに来たら麻哥麺です。
これが現地で食べた本場の麻哥麺
麺の上にはたっぷりのそぼろ肉餡。注文時に唐辛子を抜いてもらうことはできますが、オリジナルは辛みのスープのようです。
そぼろ肉餡であれば、雑醤麺や紹子麺みたいなものでは?一瞬そんなふうにも感じますが、少しそれとも違う食感。似ているといえば似ているのですが、とにかく餡の量が大量だったということと、こちらは若干とろみがあるようにも感じました。
このそぼろ肉が主役のような麺。スープは完全に脇役で、スープというよりも餡に絡めて麺をいただくというような感触でした。
麻哥麺の由来
でもこのマー兄さん麺とは、一体どういうことでしょうか。調べてみましたら、武勝県のとある麻兄さんとあだ名されていた男性が作り出した麺だから……だとか。また、その麻さんの愛する奥さんが病気になった時に作った、だなんてエピソードも出てきましたが、こちらの真偽のほどはわかりません。いずれにしても、この麻哥麺、おいしいことは確かです。
人々の生活が垣間見れる市場
さて、そろそろ広安に戻らなければなりません。そうしてバスターミナルに向かい歩いて行くと、路地裏に小さな市場を見つけました。
色とりどりの果物や、生きた兔に蛙にザリガニ、それに鳩。魚や肉や、また調味料などが肩を並べて売られています。市場は、そこに暮らす人々の生活そのもの。
四川の市場は鮮やかです。唐辛子や山椒、そういった調味料も種類が豊富ですし、そうしたお店には火鍋の素なんかも売られています。様々な香りが入り混じり、もうその匂いだけでおなかが空いてきてしまいます。
ところで先ほど食べた麻哥麺は小サイズでした。ここでまた、もう一人の私がささやきます。
「武勝に来たら、もう一つあるだろう?」
武勝名物の猪肝麺
市場のお店の並びに、小さな食堂を見つけてしまいました。覗いてみれば、ここにも麺はある。実は、もう一人の私がささやいたものは、またしても麺だったのでした。
猪肝麺(ジューガンミエン)、四川の外でも食べられる麺料理のようですが、この猪肝麺はここ武勝の名物です。武勝県飛龍鎮の段家に伝わる料理なのだとか。私が暮らす四川南部では全くといっていいほど目にすることがないのですが、例えば綿陽など、四川北部に来るとあちらこちらで武勝猪肝麺のお店を見つけます。
皿いっぱいの豚レバー!これが本場の猪肝麺
さっそく注文、お碗がきてびっくり。小サイズだというのに、麺が全く見えないほど覆いかぶさっているのは、豚レバーです。まさかこんなにのっているものだとは思いませんでした。
麺が全く見えませんので、とりあえずレバーをひとすくい。すると、澱粉でもまぶされているのでしょうか、とろっとした味わい。さらに薄切りにされたそれに一瞬、焼肉屋さんでいただく牛舌を錯覚してしまいました。
これが、レバー?塩だれ牛タンでは?
けれども食べ進めていくうちに、しっかりレバーのまろやかな風味が口の中に広がってきます。まさかの二連続の麺。けれど、逃して帰らず本当に良かったと実感する美味でした。
最後に
前回のご紹介が世界を魅了する美しい自然美だったのに対し、今回の旅日記はなんと廃墟。
旅も長くなれば美しいものだけではありません。けれども、一見あまり美しく見えないようなものたちでも、よく見ると小さな美がそこら中に転がっていることがあるのです。
それは、重ねられた時間の痕跡だったり、予感させる未来だったり……。それを探すのが楽しく、こうして四川旅をしております。
店舗情報はこちら
- 店名:滑肉麺麻哥麺
- 住所:広安市武勝県臨江路39号
- 麻哥麺 小8元 中9元 大10元
※日本で麻哥麺を食べる際はこちらで食べられます。
- 店名:唐豆花
- 住所:広安市武勝県定遠街76号
- 猪肝麺 小7元 中8元 大9元
- ※市場にある為、店内あまり清潔ではありません。
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中川正道、1978年島根県生まれ。四川師範大学にて留学。四年間四川省に滞在し、四川料理の魅力にはまる。2012年にドイツへ移住。0からWEBデザインを勉強し、フリーのデザイナーとしてドイツで起業。2017年に日本へ帰国。「人生の時を色どる体験をつくる」をテーマに妻の中川チカと時色 TOKiiRO 株式会社を設立。
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