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烤魚親父さん「フォン」さんとの出会い
本日は、こちらへ越して私が出会った、あるお店をご紹介いたしましょう。
昨秋こちらで仕事を始めてからしばらく、目が回るほどの忙しさが続きました。手ごたえを感じることもあれば、また自分の無能さに悩むこともあり、そんな一喜一憂を繰り返していた昨年初冬のことです。
古い建物が残る走馬街へ
それは久々の休日で、私は気ままなサイクリングに出掛けました。そうして、長江の始まりにこじんまりとしながらも賑わう老城区へ。気づけば、もう日暮れ。街には色鮮やかな灯りがともりだし、まるで夜の帳こそが一日の始まりであるかのように、どの路地も賑やかさを増していきます。
私が向かったのは、金沙江に面する一本の通り、走馬街でした。すぐそこには巨大な南門大橋が架かり、大通りを車が激しく行き交う。そんな喧噪のすぐそばに、隠れるようにしてひっそりとのびる、小さな通りです。
この辺り一帯には築100年を超える古い建築が残り、たくさんのお店が肩を寄せるようにして賑わっています。古いレンガに、細かな瓦。人々の往来により丸みを帯びた石階段。夜は裸電球が激しく郷愁を誘います。時間というものには重さがあるのでしょうか。それらはみな、そうした目に見えない重さに耐えるようにして、崩れまいと必死にこらえているようにも見えるのでした。
サイクリングの締めくくりに、この走馬街で夕食を探すことにしました。郷愁誘う豆電球とは申しましたが、この走馬街はここ界隈でまるで繁華街のように目立っています。
というのも、古くて今にも崩れそうな建物の並びの正面には、ずらりとカラオケ店。
電飾をけばけばしく光らせた小さなカラオケ店の並びと、黒ずんだ古い建築が、実に奇妙な相性で向き合っているのです。
ここには、麺屋から焼烤店から小さなお店が様々に並んでいます。そこで私の目に留まったのが、一軒の、これもまた小さな烤魚(カオユー)のお店でした。
宜賓にある泡椒烤魚専門店「彭玉峰」
お店の入り口には、「デリバリーお断り」の文字。
現代中国ではデリバリーはもはや、なくてはならないほど生活に必須のものとして普及しています。多くのお店が商売のためにデリバリー会社と提携していますから、その中国にあって「デリバリーお断り」とはなかなかの強者ではないか、そんなふうに興味は増していきます。
店主は、スキンヘッドの親父さん、フォンさん。フォンさんは私を大歓迎してくれ、
「まぁお酒でも飲んで座って待っていな」と一言。
「私が酒好きだと知っているのか…?」
とそんなわけはないのですが。とりあえず勧められるままに、白酒を飲み始めたのでした。
どうやらこのお店にはメニューというものがないようです。
店の看板に「泡椒烤魚」と書かれているように、泡椒烤魚(パオジァオカオユー)一本。狭い店内には小さなテーブルが、たった二つ。私は入り口側のテーブルに座り、フォンさんはコンロ横の椅子に座り、気づけば二人で飲み始めていました。
作ってくれた泡椒烤魚
烤魚といえば、四川を代表するおいしい魚料理です。焼き魚という表現も煮魚という表現もしっくりきません。大きな魚を炙った後、唐辛子や花椒などの調味料、それから大量の野菜と一緒に、これまた魚が浸かるほどのたっぷりの油で煮込みます。
泡椒は唐辛子を酒や酢などで漬け込んだ調味料。烤魚には様々な味付けがありますが、泡椒烤魚はこの泡椒を使って煮込んだもので、酸味辛味が強いのが特徴です。
私は以前から烤魚が大好きでしたが、ながらくご無沙汰しておりました。
ビールだろうと白酒だろうと、もうお酒が進んで仕方がない。烤魚でひりひりした口内を刺激する白酒の辛味。これがたまらなく気分いいのです。
広東では受けいれられなかった宜賓の味
フォンさんは宜賓人ですが、以前は深圳でお店を開いたこともあるそうです。けれども広東では四川の辛さは受け入れられず、半年で店を畳み宜賓へ戻ってきたのだといいます。そんな話を聞くと、中国とはなんと巨大で多彩な国だ、と却ってそんな感慨が深まります。
おい!日本人がいるんだ。一緒に交流しよう!
こんなふうに話をしながら、道端の人に「おい!日本人がいるんだ。一緒に交流しよう!」と声をかけては、「いや、いいよ」と断られ。重慶で日本語教師をしているという妹さんにテレビ電話をし、「交流しよう!」と誘っては、「今忙しい」とあしらわれ。
フォンさんの興奮は多少空回りしてはいましたが、とにかく大歓迎を受けて楽しんだあの夜でした。
あれから半年、あの泡椒烤魚のフォンさんは…
あれから半年以上が経ちました。冬休みやらコロナウイルスやらで、もうずっとあのお店には顔を出していません。「久しぶりに行ってみよう」と思い立ち行動に移したのは、6月ももう終わる頃でした。
ところがお店は戸を閉めています。「今日は休業日かなぁ…」そんなふうにも想像しましたが、なんとなく違和感を覚えて、翌日もう一度行ってみたのです。すると、やっぱり戸は閉まったまま。
試しに、隣の麵屋の親父さんに訊いてみました。
「この烤魚、お店やめちゃったの?」
もうこてこての宜賓語でさっぱり聞き取れませんでしたが、「引っ越すことになったが、場所はまだ決まっていない」ということはわかりました。
その場を離れてみると、古い建物が建ち並んでいたはずのここ一帯の、二か所が大規模に取り壊されているのを見つけました。なんだか無性に寂しくなり、そこに立ちすくみ思いに耽ることしばらく。当たり前だと思っていたものが、ある日突然なくなってしまう。そんなことはままあることですが、私はそのことをすっかり忘れておりました。
しんみりした気持ちになり、もう一度あの麺屋まで戻ってみました。
「私の電話番号を教えるので、あの店主に伝えてもらえませんか」すると、親父さん。
「あそこにいるじゃないか!直接言えばいい!」
見てみれば、すぐそこでフォンさんが実に楽しそうな様子でおしゃべりに花を咲かせているではありませんか。
麻友子(マーヨーズ!)、麻友子(マーヨーズ!)
私が近づくと彼はすぐに気がつき、「マーヨーズ!」と私の名前を呼びます。彼は「マーヨーズは白酒が好きだったな、ちょっと待ってろ!」と家まで戻り、白酒2本と熱々の包漿豆腐(パオジァントウフ)を持ってきて、ごちそうしてくれました。
発酵した豆腐に唐辛子などをまぶして焼いた包漿豆腐は宜賓名物のひとつで、何よりも特徴はこのドクダミ。発酵豆腐、唐辛子、ドクダミ、主張の強いこの三種がぶつかり合い不思議な調和を生み出した、奇妙ながらに旨い料理です。
これをつまみに、私は白酒を2本、フォンさんはビールを数本空けました。近所住民やカラオケ客まで巻き込んでの、楽しい時間でした。
「もういなくなってしまったのかと思って…」私がそう言うと
「もっと清潔なお店を今準備しているんだ」とフォンさん。
彼は口にしませんでしたが、どうやら政府から安全上衛生上の問題を指摘され、あの場所での営業ができなくなったようです。コロナウイルスで二カ月封鎖、営業再開とともに移転。経済的打撃はそれは大きなことでしょう。しかしそれを少しも態度に表さない逞しさはさすがです。
営業を再開したらごちそうするぞ、そう話すフォンさんですが、エールを送るためにもたらふく食べて飲んで、必ず支払いをしよう。そんなふうに連絡を心待ちにしながら過ごす、いつもより長い梅雨の日々です。
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中川正道、1978年島根県生まれ。四川師範大学にて留学。四年間四川省に滞在し、四川料理の魅力にはまる。2012年にドイツへ移住。0からWEBデザインを勉強し、フリーのデザイナーとしてドイツで起業。2017年に日本へ帰国。「人生の時を色どる体験をつくる」をテーマに妻の中川チカと時色 TOKiiRO 株式会社を設立。
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