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オオサンショウウオが届いた!
十月も半ば、宜賓には秋がないのではないかと思えるほど、汗ばむ暑さから一転して冷え込むようになりました。すでにコートを羽織っている人もちらほら、私にとっては三度目となる宜賓の冬も、もうすぐそこまで来ているような予感さえします。
そんなある日、大きな荷物を受け取りました。
発送元は四川省の北端、広元市青川県。マンション下の荷受け所に取りに行き、さっそく部屋に戻り厳重に巻かれたテープをほどき開けてみると。
「うおっ!!!」
思わず上げた自分の大声に重ねて驚き、言葉通り床にひっくり返ってしまいました。
発泡スチロールの箱の中に入っていたのは、
中国大鯢(チュウゴクオオサンショウウオ)。中国では娃娃魚(ワーワーユー)と呼ばれる
ことの多い、日本でも誰もが知る世界最大の両生類です。
日本固有のオオサンショウウオは言うまでもなく絶滅が危惧されている特別天然記念物ですが、それはこちら中国でも同じ。チュウゴクオオサンショウウオも、絶滅危惧種のレッドリストに指定された国家重点保護野生生物として、厳重な管理がされています。野生個体の売買は違法。
しかし、私は知っています。
————目の前にいるのは、法的に許可された養殖もの。
出会いは広元市青川県もある青渓古鎮
それは7月の半ば、二カ月にも亘る四川周遊のさなかでした。
北は甘粛省に接した広元市にいた私は、強行日程で市中心部から西に位置する青川県青渓鎮へ行くことを決めたのです。
広元市街から長距離バスに乗りおよそ三時間。まず到着した青川県中心部は県区とは思えないほどの山中にこぢんまりとした街で、さっそく身動きがとれなくなってしまいました。
目的の青渓鎮は、そこからさらに山を走らなければなりません。そこで出会ったのが、あるタクシーの運転手さん。
山はどんどん深くなり、車を走らせ一時間半。
タイムリミットのある中で散策した青渓古鎮は、深い山々に突然開いた花のように……だなんていえば大袈裟に聞こえるかもしれませんが、本当にそんなふうに感じるほど美しい情景でした。
伝統的な四川古建築に挟まれて、石畳の道を流れる水路。
彩を添えるように続く、まぶしい緑。
民芸品や豆腐干などを並べ、お客を待つ店。
立派な楼閣に、連なる赤ちょうちん。
行き交う訪問客に、日常を送る飾らない住民。
ああ、豊かさとはこういうことをいうんだと、心洗われるような散策でした。
それにしても、こんな山奥にどうしてこれほどまでに立派な街並みがあるのでしょうか。それはあまりにも唐突に感じられました。
実は、ここ青渓古鎮は歴史古く、そのルーツは三国時代にまで遡ります。
青渓は、当時陰平郡(現甘粛省文県)と江油関(現綿陽市平武県)を繋ぐ陰平道の要所でした。229年ここに広武県が置かれ、その後、諸葛亮の参軍となった廖化が陰平太守となりここに駐屯、城が築かれたのです。
現在も、攻めと守りに働く半円形の二重城門「瓮城」が東西に再現されており、城壁の上に登れば、廖化はじめ三国志人物のブロンズ像が立っています。
しかしこの城は、蜀の滅びを許した一因でもありました。265㎞にも及んだ陰平道は相当に険しい難所だったといいます。ところがまさか、と思われたこの陰平道を突破した鄧艾率いる魏軍は、その勢いで江油関を落とし、そのまま蜀へ侵攻し蜀は滅んでしまったのですから。
そんな三国志の一頁であるこの青渓古鎮。
現在は、漢族やイスラム教を信仰する回族などが暮らす活気ある山あいの小さな街です。訪れるのに少し難はありますが、遥々足を運ぶに値する美しい風景がそこにありました。
さて、時間はぎりぎり。待たせてあったタクシーの運転手さんから「帰りの時間に間に合わないぞ」と電話を受けて、急ぎ帰路に就いたのでした。
唐家河国家自然保護区に生息する野生生物
青渓古鎮のすぐ先には、野生パンダをはじめ様々な希少動物が生息するという唐家河国家自然保護区もあります。
「次回は唐家河へ行ってみたいよ」
なんて話しながらの道中、ちらほらと通り過ぎる民家に掛かる看板には「娃娃魚あります」「売ります」の文字。
そのうえ、山中の村にしては異質なオオサンショウウオの巨大なオブジェまで。
————長い前置きでしたがこれが、つい先日の「うおっ!!!」の発端だったというわけです。
青川県は、チュウゴクオオサンショウウオの養殖地。澄んだ水域でしか生息できないというオオサンショウウオですが、自然環境が素晴らしいこの地ならではの産業だということを、この道中に知りました。
「旅を終えて宜賓に戻ったら、送ってあげるよ」
運転手さんと約束し、二カ月の旅路を終えて帰宅したのは八月末、そして。よし、そろそろ送ってもらおうと連絡した十月のある日でした。
それにしても私が想像していたのは、切り分けられ真空包装された冷凍品でした。
ですから、発泡スチロールの箱にまるごとどーん!とチュウゴクオオサンショウウオそれだけが入っているなんて思ってもいない。もう、それは度肝を抜かれたのです。
やばい……。冷凍じゃないし、発送から時間も経っているよね
早く調理しなければ傷んでしまうし、そうなればこの巨大な両生類をどうしたらいいかなんてわかりません。
パニックに陥り連絡先を知っている飲食店に連絡してみましたが、断られ。また違うお店に電話をしてみれば、
「あ!?娃娃魚!?それ違法だ!大変なことになる!誰にも言うんじゃないぞ!」
「娃娃魚の売買は一切禁止だし、宜賓にはない!だから調理法なんてわからない!」
養殖品だと伝えても、もう関わりたくないというふうに半狂乱に拒絶されてしまいます。
困り果てた私は、発泡スチロールの箱を抱えたままマンションを出ました。
すると歩きながら、がさり……がさり……、不自然な振動が腕に伝わるのです。
え!?お亡くなりになっているはずでは?
もともとオオサンショウウオの外観に委縮してしまっていたものですから、冷汗が肌を伝い手も震えてきました。
そこに。
「キャア……」
え!?な、鳴いた!?
パニックになった私は思わず箱を下ろし、飛び退りました。もう、完全に不審者。
結果、魚火鍋で食べることに…
結果、震える手で一番近い魚火鍋のお店に行き事情を話し、ここでようやく、調理の当てにすがることができたのでした。
しかし、状況が尋常ではありません。
大きな発砲スチロールを抱え、この辺りではおよそ一般的ではない禁忌食材である娃娃魚の名を連呼する外国人。しかも、おびえている。
箱を開けお店の人は、
「大丈夫、大丈夫、これは怖くない。それに死んでいないからあと30日間はもつよ」
そう温かく受け入れてくれたものの、厳しく状況を確認されました。
「事情を説明してほしい。違法に買ったものだった場合、ウチは営業できなくなるんだから」
ああ、なんてやっかいなお願いをしているんだろう。
そんな話をしながらも、珍しいのか他のお客もオオサンショウウオにカメラを向け動画を撮ったりなんかしています。
天然物は違法、養殖は大丈夫!
届いた発泡スチロールには、販売した市場の安全合格証とともに、そのルート(つまり養殖であること、許可された人工飼育下繁殖三世代目以降であること)を証明するQRコードが貼りつけられていました。さらに、そうした情報の追跡ができるロット番号が書かれた紙も。
中国のこうした管理には感心させられます。こうした厳しい管理をすることで、守るべき野生生物は保護し、しかし一方で食文化を否定はせずに許すところは許す。天然ものを売買したり扱ったりした場合には厳罰が処されるようですが、しかし法に則っていればそれを否定するものではないのです。
お店の人は、何度も何度もこの証明QRコードや文書を撮影していました。
「次回からは先に連絡して。むやみに人に見せてはだめだ」
そんな一言も。
長らく待ちましたがドタバタの数時間を経て、チュウゴクオオサンショウウオはとうとう火鍋になりました。
様々な味わい、様々な調理法でいただけるようでしたが、まずはおすすめされた麻辣火鍋で。
購入したのは5斤(2.5㎏)、㎏あたり160元(約2800円)というなかなかのお値段でしたが、養殖には許可が要りまた販売には制約も多々あるようですし、養殖の難しさも合わせこのお値段は妥当なところでしょう。
一人では食べきれませんので、一旦加工し、残った半分はお店で冷凍保存してもらえることになりました。
オオサンショウウオ火鍋を食べる
そういうわけで、まずは半分をいただきます。先ほどまで動き、声を上げた命です。
しかしぬめりとした皮膚に驚き、初めはびくびくしながら箸を進めていました。びくびくしていると美味しくは感じないものです。
「なんだかゴムみたい。肉も硬い」
どうしよう、全部食べきれるかな……と不安が湧き起こりました。
けれども不思議なもので、箸を進めれば進めるほど徐々に美味しくなっていくのです。これはいったいどんな現象でしょうか。
美味しいのは、初めびくびくしていたゴムのような皮、それでした。厚い皮の弾力ある食感は、麻辣と手を組みやみつきになりそうなクセがあります。
また初め硬いと感じた肉には、豚肉と魚肉を足して割ったような印象を受けました。しかし豚肉などにあるような脂身はありませんし、魚肉にあるような小骨もありません。
引き締まった肉は麻辣スープとよく合い、大型のオオサンショウウオの半身はきれいになくなりました。
夏の旅の記憶がよみがえった一晩。旅の出会いは人だけではないのですね。
また、遠路遥々と青川県に行きたい。次は唐家河国家自然保護区まで。その時はかならずあの運転手さんに連絡をして、今度は青川県の小さな街の食堂で娃娃魚を一緒にいただこう。
火鍋のおともに飲んだ白酒に酔いながらのそんな想像は、楽しくて楽しくて仕方ありませんでした。
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中川正道、1978年島根県生まれ。四川師範大学にて留学。四年間四川省に滞在し、四川料理の魅力にはまる。2012年にドイツへ移住。0からWEBデザインを勉強し、フリーのデザイナーとしてドイツで起業。2017年に日本へ帰国。「人生の時を色どる体験をつくる」をテーマに妻の中川チカと時色 TOKiiRO 株式会社を設立。
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