About me
2005年に中国初渡航、2010年より中国一人旅を始め、短期長期含めおよそ50回ほど渡航を繰り返し2019年8月に四川省宜賓市移住。 転機は2018年夏、8年間勤めた会社を退職し叶えた、38日間中国周遊旅行。ビザのトラブルでしばらく四川省に滞在することになり、しかしその結果四川に恋をする。それまでは中国どの地域にも思いは平等だったが、もう四川以外考えられずに海を渡り、現在に至る。


学生たちとの思い出の1日

先日、私の教える大学でも卒業式が行われ、学生がそれぞれの進路へと向かい旅立っていきました。

寂しい気持ちと彼らの新たな旅路を喜ぶ気持ちとがぶつかり合いながらも、しかしいつまでもしんみりはしていられません。残る私たちといえば、怒涛の六月まっただ中。間もなく学期末で、在校生もわれわれ教師も目の回るような日々を過ごしております。

そんな慌ただしさの中、もうひと頑張りという気持ちを込めて、同僚の仲良し先生とともに五人の学生を誘い、一足早い打ち上げ会を行ったある日。それは、宜賓生活の楽しさをぎゅうっと詰め込んだような一日でした。

今回は、その一日をご紹介いたします。

 

まずは楽山発祥の串串火鍋の有名店「牛華八婆」へ

 

少し遅いお昼に予約をしたのは、楽山発祥の串串火鍋の有名店「牛華八婆(ニュウフアバーボー)」。学生たちがお昼まで授業だったために、授業後タクシーに乗り七人でお店に向かいました。

四川火鍋といえば成都に注目が集まりますが、実は地方都市にも有名な火鍋チェーン店があります。宜賓には宜賓の有名店がありますし、この牛華八婆は成都にもお店を出していますが本拠地は美食都市、楽山です。かわいい大佛のキャラクターは世界遺産の楽山大佛をイメージしたもの。店内に入り、まだ鍋も注文していないというのにすでに大盛り上がりです。

 

 

火鍋といっても串串火鍋。冷蔵庫から思うままに串やお皿を選びトレイに乗せていきますが、食べ盛りの学生たちは慣れた手つき、あっという間に山盛りのトレイがテーブルに運ばれました。私も串選びに参戦しましたが、さすが人気店だけあり、冷蔵庫のラインナップの充実ぶりに他の串串火鍋店とは一線を画すレベルの高さを感じました。

 

麻辣牛肉、セロリ牛肉、ドクダミ牛肉、鶏の軟骨、鴨の腸、排骨、ホルモン、毛肚、鴨血、脳花、豆腐皮、海老団子、粉条、豆腐各種、野菜各種……、こうして並べると定番ばかりですが、それぞれ複数の種類に亘り置かれているのです。宜賓の名物である発酵湯葉「臭千張」もありました。これほど品揃えのよい串串火鍋店に入ったのは初めてかもしれません。

 

 

こうして鍋パーティーが始まりましたが、火鍋に関しては四川人に口をはさむ隙はありません。先にどれを鍋にかけ、次はなにを、そんな暗黙のルール?があるようで、こんな時、私は一切手出しをせずに彼らにお任せします。試しに「うずらの卵、入れていい?」と訊いてみれば、「今は串がいっぱい。それは後」と案の定、気持ちよいほどの返しに私の出る幕はなし。

 

上が紅糖糍粑。左が紅糖豆花。右はキンモクセイが入った桂花氷粉

 

サイドオーダーも抜かりありません。頼んでもいないのに、私のところにも火鍋のお供として定番のお口直しスイーツが回ってきました。

 

一つは黒蜜きなこ餅「紅糖糍粑(ホンタンツーバー)」、もう一つはキンモクセイの花が嬉しい四川ゼリー「桂花氷粉(グイフアビンフェン)」、三つめは牛乳プリンのような「紅糖豆花(ホンタントウファ)」。燃えるような辛さのチェイサーとしてこれらをいただくのですが、ある学生は火鍋に手を伸ばす前にスイーツの方を先に完食してしまいました。

 

 

大量の串、お会計はどうするのか?

こうして楽しんだ火鍋、最後は串を数えてお会計です。なにせ七人分ですから串の量もかなりのもの。「店員さんも数えるの大変だぁ……」なんて思っていると、ばさっと串の束を掴んでレジへ。

「さすがベテランだね。長年の経験で掴めば数がわかるんだ」

そんなふうに驚いていると、

「そんなわけないでしょ。重さを計るの」

大量の串の束はレジ横の秤へ。串串火鍋というのは基本、串の数が超大量になるのが常ですから、お会計も合理的なのでした。文明の利器に頼ってみれば、串の数は577g、串単価は2元弱、串のみの金額で294元という明瞭会計で明細が表示され、割り勘もスマートフォンでちゃちゃっと一瞬で。便利な世の中になったものです。

 

宜賓の新名所「冠英古街」でたこ焼きを食べる

こうしておなかいっぱいになり少しお茶休憩したあと、誰ともなしに、

「麻友子先生が言っていたおいしいたこ焼きを食べにいきたい」

とそんなことを言い出し、少し離れてはいましたが、そのある場所に向かうことになりました。

 

麻友子先生とはいうまでもなく私のこと。実は少し前に、まるで本場大阪のたこ焼きかと錯覚するようなたこ焼きに出会い、彼らに自慢をしていたのです。

 

冠英古街の街並み

 

その場所とは、金沙江と岷江が合流し長江を名乗り出す老城区に最近できた新たな観光スポット、冠英古街。少し前までは実際に住民が昔ながらの生活を送っていた、清代建築が建ち並ぶエリアです。ちょうど一年前くらいから封鎖され、観光地開発をするべく工事が行われていました。それがここ一か月の間に徐々にお店が整い始め、観光客を迎える前に、地元住民で賑わう「今、宜賓で熱い場所」として盛り上がり始めたのです。

 

 

私おすすめのたこ焼き屋はその入り口にあります。初めて見た時にはその外観に、大阪で有名なたこ焼きチェーン店「くくる」がいよいよ中国に出店したのかと錯覚してしまいました。もちろんそんなわけはないのですが、ひとつ頼んでみれば、とろりとした中に大きなタコ。まさか本物には及ばないでしょうが、中国でもっとも正統な大阪たこ焼きだと、私は今でも信じております。ほんとにおいしい……。学生にも喜んでもらえたようです。

 

冠英古街は新しい観光地になる

 

ところでこの冠英古街ですが、今後宜賓観光のハイライトになることは間違いなさそうです。

美しい清代建築の並びを観光地化することに賛否両論ありそうですが、内部も含め、本来の姿を残せるものは残せるだけ残し、うまくリノベーションされています。さらに、全国どこも代り映えしない古文化街になりがちなこうした観光地化ですが、ここは違う。どの店も、「宜賓ならでは、ここだけ」そういった宜賓人の誇りとこだわりが込められた開発となっています。

 

漢服がレンタルできる衣装屋、本格的な撮影ができる写真館、古き良き宜賓を記録した写真展、宜賓のグルメが堪能できる美食街、昔懐かしの理髪店に人力車、宜賓の魅力を商品化したグッズ、陶芸体験ができるアトリエ、古建築をうまく生かしたカフェ、四川の伝統を体験できる本格的な茶館、そして楽しみなのはまだ完成を見ていない五糧液体験館(どんなものができるのでしょう⁉)……。

 

長江の始まりの場所でお茶を飲む

 

こうして一通りぐるりと回ったあと、この街を象徴する場所、長江地標広場へ出ました。この日はもう間もなく端午の節句を迎えるという時で、広場にはイベント会場のセッティングがされています。平日週末に関わらずいつも住民で賑わっているこの場所は今日も大賑わい。私たちは、北側の岷江を左に、南側の金沙江を右手に、その両江に挟まれながら正面にどうどうと流れる長江を眺めました。

「すごいね。ここが長江の始まりなんだね」

宜賓に暮らし始めたのはけっして昨日今日ではないというのに、誰ともなくそう呟き、みんなが頷きました。

「私たち、いい街に住んでいるね」

 

 

長江を目の前にした先っぽに立ちながら、ふと真下を見下ろしてみました。

「あれ?何かあるよ!」

実はこの長江地標広場は立体的に作られていて、けっこう高さがあるのです。そこを見下ろしてみれば、死角になった下の空間にはなんと露天茶館が。

 

 

下に下りてさらに隠れた通路を見つけ長江側に抜けてみると、わずかなスペースに商売上手なお茶館がテーブルをいくつか並べていました。これは隠れた穴場!ところが肝心の店主が見当たりません。

「……誰にお茶を注文するの?」

そう戸惑っていると、ばしゃ~っと目の前の長江が波打ち、真っ黒に日焼けした親父が海水パンツ一丁で長江の水面から姿を現したではありませんか。

「お茶かい?」

全身ずぶぬれの親父、いえ店主は、裸のまま笑顔いっぱいに注文を聞き、やがてテーブルにお茶が並びました。

 

贅沢な風景を見ながら、一杯10元のお茶で和む

目の前には、ここから上海までおよそ2867㎞の旅路が待つ、滔々とした大河の流れ。曇りや雨の多い宜賓ですが、今日はなんて気持ちのよい青空。あらゆるものたちが、私たちの打ち上げ会を祝福してくれている、そんな気分です。

「幸せだね」なんだかセンチメンタルなセリフですが、そんなことを話しながら贅沢なお茶会をしていると、私たちの目の前をまたあの店主が泳いでいくではありませんか。なんて自由なんでしょうか。店主は平泳ぎも自由形も得意なようで、お客を放置して夢中になって泳ぎ続けています。

「老板、また泳いでいるよ!」

そう笑う私に店主は、息継ぎの合間にとびきりの笑顔をこちらに向けました。

 

発展していく宜賓、本当の豊かさを知る

 

こうして長江はやがて黄昏時を迎え、取り囲む風景はきらびやかな夜景に変わりました。

宜賓は今、留まることを知らないような勢いをもって発展しています。しかし発展とは、必ずしもビルが建ち企業が増え近代化していくことだけではありません。ここに暮らす人々の幸せそうな表情こそが発展を象徴していると、私はそう思うのです。お茶を飲みながら見渡せば、たしかににょきにょきと新しいビル群が今も建設を進めています。それらが住民の幸福感に繋がるのならば、その都市化も発展のひとつなのです。そうして考えてみれば、やはり宜賓は大発展の真っ最中だ、そう改めて実感した長江からの眺めでした。

 

 

すでに最終バスはなく、時間も大学の門限を控えていました。タクシーを拾うべく街を歩き、ガラクタ夜市をからかいながら大通りに出ると、少し前まではなかった屋台街ができているのを見つけました。

思わず、チーズドッグを一本注文。しかし、10元ね、と支払おうとすると「お金はいりません」。一体どういうこと⁉

訊いてみれば、

「今日むこうで、あなたたちを三回も見たの。これも何かの縁だからお金はいらないよ」

なんてことでしょう。けっしてこの思わぬサービスがあったからというわけではないのですが、宜賓はやっぱり豊かな街

「私はこの街が大好きだ」

そう心につぶやきながらの帰路。学生を大学まで送ったのは、門限ぎりぎりの11時半でした。

 

紹介した店舗情報はこちら

  • 牛華八婆 財富中心店
  • 宜賓市叙州区唐人財富中心翟弯路23号
  • 営業時間 10時~23時半

 

 

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中川正道
中川正道、1978年島根県生まれ。四川師範大学にて留学。四年間四川省に滞在し、四川料理の魅力にはまる。2012年にドイツへ移住。0からWEBデザインを勉強し、フリーのデザイナーとしてドイツで起業。2017年に日本へ帰国。「人生の時を色どる体験をつくる」をテーマに妻の中川チカと時色 TOKiiRO 株式会社を設立。
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